DAYBREAK healing room

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敵に囲まれている人~パワーゲームと敵と仲間~

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togetterしてくださった方がいらっしゃるのですけれど、自分用のまとめとして再掲します(_ _)。

http://togetter.com/li/137037
「もし、親子間にパワーゲームが存在した家庭で育ったら…」
(↑というタイトルを、とぅぎゃってくださった方がつけてくださいました)


***



昨日の孫さんのツイートを見て、生かせる人っていうのは
感謝を感じる才能に恵まれてる人なんだなと再確認した。
状況がどんなであっても、おかげさまで、と心から言えていると
本当に楽で楽しい。

つい先日、友人Kがある人の挙動に対する感想として
「こんなに思いやりが持てない心情でいるって、きっと辛いでしょうね」
と言った。
同じことの裏返しだなぁと感じる。

思いやりも感謝も、自分の位置を広角で捉えられないと見えないのだ。
逆に言うと、それができない意識は、世の中のほとんどを敵に回してしまう。
みんな敵ばかりの世界では 思い通りにならないことの全てが
きっと自分に対する攻撃のように感じられることだろう。

この、広角の視野を持つことを、心を開く、と言うのだと思う。
開かれた心は、そこにいる他者が、自分と同じ 心と思考と事情を抱えた、
一人の人間であることがわかる。
敵だとか味方だとか、自分の側の都合でラベルを貼って安心するのとは、
正反対の受け取り方をする。

自分の思ったこと、感情や思考を なんでも喋るというのが、
必ずしも「心を開いた」状態から発するものではない。という点には
注意が必要だ。
確かに、オープンな人は ベースにある安心感から
誰が相手でもフレンドリーな態度を持ち続けていられる場合が多い。
しかし、まるっきり相手が見えていない人というのも、
不用意に思考や感情を垂れ流すことが多いのだ。
そして、そうすることによって自分の評判を落とし、
環境はますます悪化していく。

その結論として、自分自身が自分の敵となる。

自分の言う言葉、自分の感じる感情の、
何が相手を動かし、
状況が自分の思い通りになったりならなかったりするのかが、
まるでわからないからだ。
それはきっと 暗闇の中で動き回るような、
不安と不信感に満ちた、たいへん生きづらい状況だろうなと思う。


そういえば、昨年暮れから周囲でしばしば話題になってる
「自分の言動に責任をもつ」
という話も、この、視界が広角かどうかと関わりがあるなと思う。
つまり、思いやり、感謝の話と同じサイコロの違う面、ということだ。

そうなってくると、育ち方という視点も出てきそうな気がする。
親や教師がどういう態度で接してきたかということだ。


教育の場でよく言われることで、
親は真剣に言わなくちゃいけない、というのがある。

たとえば、子どもが食事に文句を言ったり、出先で駄々をこねたりしたとき、
親が、
「それなら食べなくてもいい」
「じゃあ一人で帰りなさい」
と言う場面っていうのがある。スーパーなんかでもよく見かける。

でも「食べなくていい」と言いながら、
心の中で(折角作ったのだから食べてほしい)と思っていたり、
(子どもには食事をさせなくてはいけない)というビリーフがあったりすると、
その言葉は子どもにはまっすぐ届かない。
子どもは、言葉より、なんとか食べさせようとしている
意図の方に反応するからだ。

こういうダブルバインドな親に育てられ、
[これが普通のコミュニケーション]と学習すると、
その子自身も、ダブルバインドなコミュニケーションを無意識に取るようになる。
同時に、他者もそうしているだろうと思うため、
言葉をまっすぐ受け取ることをせず、
なんとか相手の真意を計ろうと探る癖がつく。

そうした心の働かせ方を通じて、
他人にも感情があることや、言葉にならない部分にも思いがあることを知り、
言葉と感情のバランスを取るようなコミュニケーションを
学ぶことができる人も少なくはない。
しかし、不幸にしてうまく学べなかったというケースも、
現実に数多く存在しているように思う。

たとえば親子関係での綱引きでずっと勝者でいたような場合だ。
駄々をこねればなんとかなる、文句を言えば相手が従う、
というパターンがしみ込んでしまい、
そうならなかったとき、怒りの感情と多大なストレスを抱えるようになる。
物事をパワーゲームとして受け取りやすくなり、過剰に攻撃的になる。

物事をパワーゲームとして受け取る、逆のパターンもある。
常に敗者の立場で育ってきたような場合だ。
彼らは、怒っている人を見ると、反射的に謝る、機嫌を取るといった反応を示す。
怒っていた相手が機嫌を直したのを見ると、
自分の有能感が高まることが多いので、勝者と敗者はしばしば依存関係にある。

しかし、パワーゲームである以上、発言に責任は存在しない。
あるのは勝ったか負けたかという結果だけであり、
その勝負を支配しているのは、
自分が満足しているか(思い通りになっているか/相手を機嫌よくさせているか)どうかという
個人的な感情レベルでの気圧配置であり、極めて焦点が狭い。

視点を広角に保つとき、発言することは、
それによる他者への影響を自分で引き受けるということと同等になる。
「こんなご飯いらない!」と駄々をこねるのは、
食事を用意した人の労力、必要な素材を揃えるための資金とそれを作る労働、
さらに素材を作った人たちの労苦を否定することに繋がることがわかるのだ。

そうであれば、言葉は自然と重みをもつものとなり、
自分や他人の発言に、よく注意を払うようになる。
同時に、自分の感情を安定させるために発言したり、
そうするよう他人に要求するのは意味のないことだと理解できる。

感情は自分でコントロールすればよく、
無造作に言葉として垂れ流せば、
その責任を、自分で背負い込むことになるからだ。

「それなら食べなくていい」と言った親が、次の瞬間、
自分の食事をゴミ箱に捨てるのを見たとき、
「いらない」という言葉がどういう意味をもつものなのか、
子どもは知ることになる。

けれども、その場合、自分は自分の敵にはならない。
世界も、自分の敵にはならない。

「いらない」と言えば「いらない」という言葉通りの結果が起こるなら、
「いる」ときに「いらない」と言わなければいいと理解するのは難しくない。
「いる」か「いらない」かと、全く関係のないパワーゲームで
[勝者]の地位を獲得するために
怒ってみせたり、機嫌を取ったりする必要はないのだ。


相手を傷つけないための技法や、
話をわかりやすくするためのテクニックといったものは、
このベースがあって初めて有効となる。
発言に責任をもつならば、「いる」のか「いらない」のか、
発言する前に自分の気持ちが定まっていることが当然の前提となり、
その定まった内容がコンテンツとなるからだ。


一方、パワーゲームにコンテンツは存在しない。
結果として自分が勝ったか負けたか(思い通りになったか/相手を機嫌良くさせられたか)にしか興味がないからだ。
自分の言葉が具現化する経験が少ないため、言葉には存在感がなく、
発言を翻す、隠す、嘘をつくという行為も平然と行われる。


興味深いのは、パワーゲームのパターンをもっていると
言葉が多くなりやすいという現象だ。
闇の中で的を射ろうと盲滅法に矢を放っているようにも見える。
ただし、この場合の「的」とは、
世界の方から自分の気分を勝手に満足させてくれることを指しており、
自分自身の発言が具現化することは入っていない。


更に興味深いのは、その「的」自体を、
自分自身でもどんなものだかイメージできずにいる場合が
少なくないらしいことだ。
ちょっと思い通りにならないことがあると
大げさに怒る、泣く、恨む、卑下する・・。
刺激に対しバランスを欠く対応が現れるとき、
闇の中で矢を放つタイミングを待っていたのだなと感じる。


しかし、「的」は、先ほども書いた通り具体性を欠いている。

そういった対応の成果として、
その「怒り」や「涙」や「恨み」や「卑下」の中で語られていた【主張】が、
言葉通りの結果を現わしそうになると、言った本人はパニックを来す。
「いらない」と言ったものが取り上げられたり、
「いる」と言ったものが与えられたりすると、
どうしたらいいかわからなくなってしまう。


では、どうしたらいいかわからなくなったら、どうするか? 

勿論、お馴染みのパターンで反応するのだ。
「いらない」と言ったものを取り上げたり
「いる」と言ったものを与えてきたりした相手に対し、
持ち前のパターンに従って、
駄々をこねて相手を思い通りに動かそうとするか、
卑屈になって機嫌をとろうとする。
そこでいつもの勝利を勝ちうることができれば、
自分の力がまだ健在であることを確認できるのである。

また、このパターン発動と共に、
或いは、パターンが失敗した後に、
防衛機制がフル出動していることは多い。

*自分の感じている感情、やっている行動を、相手が感じている/やっていると思い込む投影、
*自分の限界(=現実の自分の姿)を見ないで済むよう理屈をつける合理化、
*パターンが成功するのがわかっている相手に対して、パターン行動をしかける置き換え
などは、よく見られる例であると思う。

これらは、なんとかして
「相手の方が悪い」または「他にどうしようもない」という
得意の結論に持ち込もうとする心の動きなわけだが・・・

その同じ心を覗き込んでみれば。

相手を思い通りに動かせず/うまく機嫌が取れず、
心にざわつきを感じているのは、誰だろう? 


すなわち、問題はその人の中で起きているのであり、原因は本人にあるのだ。



ところで、他人を思い通りに動かそうとするパターンの人が、
それにどうしても成功できない(=相手が応じてくれない)するとき、
体に反応が出てくることって結構ある。
お腹が痛くなったり、頭が痛くなったり。

そういうとき、得てして、自分のゲームに反応しない相手のことを、
「この人は自分を操作しようとしている」と思ってしまいがちだ(投影)。

けれど、お腹の痛みは、
そうじゃない、それをしてるのは自分だ。と、教えてくれているのだ。


体は、頭が意識できない大事なことを教えてくれるなあと思う。
もしもうまく「相手じゃない、自分だ」と気づけたら、あとは簡単だ。



自分で始めて、自分がやってることなんだから、自分がやめればいい。

パワーゲームから降りて、自分自身のコンテンツを見出し、
ほしいものに向かってまっすぐ手を伸ばせばいいと思う。



ただ・・パターンをやめるのは、最初のうち、とても怖いかもしれない。
ぜったいできない、と思うかもしれない。
パターンを繰り返すための言い訳を、100も思いつくかもしれない。

なぜなら、そのパターンこそ 幼い頃のその人に安心感をもたらせ、
生かしてくれていた必勝法だったからだ。
これさえやっていれば、自分の居場所を失うことはないはずの、
魔法の地図だったからだ。



以前のクライアントさんと、お話し合いの中でそういう話題になったとき、
彼が何度も言っていたのは
「相手にだって悪いところがある」
という言葉。
すごく印象に残ってる。


何か、こう・・世界を「いい」か「悪い」か2つに分けて、
「悪い」の要素が少しでもある相手のために、
自分の方が変わるのは「おかしい」と思ってるみたいだった。

それで辛い思いするなんて損だって、頭ではわかってても、
どうしても譲るのは嫌みたいだった。



でも、その同じ人が、最後に言われた言葉も、また、印象的だった。



「これまで、自分が一番正しいと思っていました。
そう思ってると思ってはいなかったけど、そうだったんだと今はわかります。
で、だから、意見が違う人・・注意してくる人とかも、みんなバカに見えて。
言ってる内容なんかどうでもよくて、謝らせないと許せなかったし、
相手の方が偉いときは、とにかく謝ればいいと思ってました。

でも、今思うのは、
意見が違う人は、オレに反対してるんじゃなかったんですね。

そうじゃなくて・・・フォローしてくれてる。
サッカーで、ぼくが気づき損なって受けれなかった球を、
代わりに受けてくれてる。

注意されると、
"お前はそんなに完璧なのか? 違うだろう" と、
頭にきてましたけど。

完璧じゃない同士だから、フォローし合ってるんですね。

・・・同じチームの仲間に向かって敵対してたら、試合に勝てませんよね(笑)」


(5/19 blog用に改行、句読点など追加し、言葉が足りないところは補充)


Love Yourself and Live Brilliantly☆


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