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Posted by Aiko on

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「追わないで!」と叫んで走り去って行く人

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ドラマなんかを観ていると、たまに
「追わないで!」と叫んで走り去って行く人
というのが出てくることがあります。

オシャレなカフェを舞台にした恋愛のもつれみたいな場面のときもあるし、
西日の差し込む教室で生徒が熱血先生に「ほっといてくれよ!」と怒鳴る、
みたいなバリエーションもあります。


が、いずれにせよ。

追わないで、と駆け出したその人を、さてはて、
追いかけたらいいのか?
言われた通りほっとけばいいのか?


・・・正解は、まあ、大概の場合は、追いかけた方がいい。ですよね。

追わないで欲しいというのが本心ではなく、
「自分は来るなと言ったのに相手の方が来たいと言ってるんだ」
という状況証拠をつくることで、
「自分は求められてる存在だということを体験したい」という、
まあ、一種のアリバイ工作みたいなものだって
お互いになんとなーくわかってるからですね。


ところが、こうしたコミュニケーションが癖になると、
困ったことが起きることがあります。

自分が本当には追いかけてきて欲しいのか、そうじゃないのか、
わからなくなってくるのだわ。



たとえば・・・

わかりやすくするために、まず、赤ちゃんの例で考えてみます。

口をききはじめたばかりの、まだ言葉の数が少ない頃の赤ちゃんが、
お腹が空いているわけでもないのに「まんま、まんま」と言うことがあります。

これは、お腹が空いて飢え死にしそうだと言っているのではなくて、
ニコニコしているお母さんに見つめられたり、
優しく手厚くお世話されたりしながら
食事のときに感じる満足感、穏やかな幸せを感じたい、
っていう意思表示なわけです。

だから、「まんま」と騒いだ割にはあまり食べない赤ちゃんに、お母さんは、
「なーんだ、お腹が空いてたんじゃなくて寂しかったんだね~^^」
と対応しますよね。(っていうか、そうするといいです!)
そして、そうやってニコニコとあやされると、赤ちゃんは安心して満足します。


つまり。

赤ちゃんの「まんま」という言葉は、
「ごはん」という意味ではなく
お母さんの「はいはい、まんまね。よしよし、いいコね~^^」
という反応を引き出すための、働きかけのコトバなのです。


同じように。

恋人の「追わないで!」や、中学生の「ほっといてくれよ!」は
相手が必死で追いかけて来て抱きしめる、という反応を引き出すための
働きかけのコトバです。

その証拠に、追いかけないと
「アナタって結局そういうヒトよね!」だとか
「教師なんてどうせそんなもんだよ!」だとか
怒りと失望が飛んできます。


働きかけの言葉は、言葉そのものの意味を表しているのではなく、
相手からの反応を引き出すための、一種の「呪文」です。
「アブラカタブラ」が、「油」や「ブラブラ」とまったく関係ないのと
似たようなもんです。(あ、ちょっと違いますかね 笑)



ところが。

これを発話者本人の側から見ると、途端にコトはややこしくなります。


どういうことかと言いますと。


構ってほしくて「まんま」と言っている赤ちゃんは
アタマの中での思考でも「まんま」と言っている、ということです。

「追わないで!」と叫ぶ恋人も、アタマの中の思考では
「追わないで!」とか「もうひとりになりたい!」とか思っています。

「ほっといてくれよ!」と怒鳴る中学生も、
「うっせーんだよー、もう、ほっといてくれ!」と思っています。


働きかけのコトバが、その人の中で、
そのコトバによって引き起こされる結果と強く結びついているとき、
呪文を、呪文と気づかず、
その言葉通りの意味をもった、自分の思考として採用してしまうのですね。
もとは呪文だったのに、「本当に自分はそう思っている」という現象が
発生してしまうのです。


困ることがあると最初に書いたのは、このことです。


言葉を使って思考しているために、自分のアタマに浮かんだ言葉が、
もともと働きかけの言葉だったのか、
言葉の意味通りの希望や欲求の表明だったのか、
自分でもわからなくなってしまうことがあるようなのです。


そして、そこが曖昧になった状態でモノを考えると、
考えれば考えるほどドツボにはまる、ということが起こります。

意味通りの言葉は、自分のハートと繋がっています。
働きかけの言葉は、相手と自分の間にあります。
存在している位相がぜんぜん違いますから
この二つがガチャガチャと混ざり合った状態では、
思考が積み上がっていきません。



じゃ、これを回避したいと思ったら、どうすればいいのか?


たとえば、先日の大人のための国語セミナーで
「事実」と「意味」について扱いましたが、
自分自身の思考を巻末についていたワークシートに従って
「事実」「意味」「感情」・・のように検証していくことは、
非常に役に立つと思います。


あるいは
「そうなったら本当に幸せか?」と、
思考の結果を具体的にイメージしてみる手もあります。

「○○になりたい」と思っていながら、
その結果がまるで自分を幸せにしないと感じられるなら、
その「なりたい」の前にある「○○」は
働きかけの言葉なのかもしれません。


ついでに種明かしをすると、
「ちゃんとちゃんとWS」に参加しているみなさまが、
段々元気になっていって、運気向上!
(仕事がうまく行ったり、恋人ができたり)
という結果を出せるようになる、大きな要因は、
毎月1回のワークショップで、コトバと、ハートの願いについて
丁寧に見直すことで、自分の整理ができるから。だったりします。

働きかけ言葉を本心の言葉に修正したり
不要な信念を片付けたりしていくと、
自分にとって本当に必要なものが明確になり、
そこにコミットした思考&言動ができるようになります。
当然、感情も無駄に荒ぶることが減って、
喜びを感じやすくなっていくので相乗効果があるわけです。



てなことで・・何が言いたいかって言うと。

言葉と思考と意識は互いに深く繋がり合っているものなので。

アタマやココロがぐしゃぐしゃになった感じのするときは、
音に聞こえ、文字に書き出せ、つかまえやすい形を取れる
「言葉」を明らかにしていくと役に立ちますよ。ってことでした。(_ _) 


どなたかのご参考になれば。







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